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今、とてもつらい人へ(雌伏の時期の意味)

2009.07.18(13:55) 68

三国志の諸葛孔明は、劉備玄徳に三顧の礼をもって迎えられ軍師となります。その三顧の礼に至るまでの約10年間、孔明は雌伏の時を過しています。
今日は、諸葛孔明の雌伏の時のお話から始めたいと思います。


建案2年(197年)、17歳の孔明は、弟の諸葛均を伴って襄陽の西、隆中(りょうちゅう)にて、隠居しています。晴耕雨読という言葉があるように、ふだんは耕作をするほかは、草堂に閉じこもって勉強していたようです。

隆中に住んで4年目、司馬徽(しばき)の紹介で汝南(じょなん)の霊山に住む鄷玖(ほうきゅう)という隠士に会うことになりました。

ところが鄷玖は、孔明に学問を教えず、掃除、柴刈りなどをやらせました。

1年経って鄷玖は、孔明に三冊の書物を渡し、勉強するように言います。そして百日経ったら話をしようということになりました。

百日経って、鄷玖が孔明に書物のことをたずねると、単に内容を正確に理解しているだけではなく、独創的な見解も持つようになっていたようです。

そして、孔明は隆中に帰りました。龐徳公(ほうとくこう)は、孔明の非凡さに感心して、孔明のことを臥竜(がりゅう、又はがりょう。野に隠れて世に知られぬ大人物のこと)と称したのです。


簡単に孔明の雌伏のときを追ってみました。

ここで、私が言いたかったことは、
「英雄には必ず爪を研ぐ雌伏の時がある」ということです。

将来、大きく雄飛するためには、たくさんの勉強をする時間が必要です。

将来、人の上に立つには、大きな器も必要です。
大きな器をつくるためには、苦難、困難を経験していなければなりません。

精神的にも、勉学の面においても、雌伏の時間は貴重な時間です。



今、苦難困難の中にあり、にっちもさっちもいかないと思っている人も、それは臥竜が昇竜になるときのための雌伏の時期だと考えてください。

大人物になるための、英雄になるための、雌伏の時です。

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