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父の最後の言葉

2019.11.23(22:09) 2298

父が亡くなって25年になる。

交通事故死だったので、最後の言葉を交わすことができなかった。

当時は「言葉を交わしたかった」という思いが強かったが、時が経って、そうしたこともあまり考えなくなっていた。

ところが、ある本をきっかけに、父が最後の言葉を僕たちにかけたとしたら、なんと言っただろうかと考えた。

その本は、ゲームデザイナーの小島秀夫監督の『創作する遺伝子』(新潮文庫)である。



小島秀夫監督は、僕が尊敬している方だ。『創作する遺伝子』によると、小島監督のお父様は自宅で倒れて救急車で病院に運ばれ、そのまま何も言葉をかけられることなく亡くなられたそうである。

小島監督は当時13歳で、救急車に同乗し、お父様が何か言おうとされていたのを見ていたらしい。大変つらい経験だったと思う。

その時にお父様が言おうとされた言葉を、35年経って『星やどりの声』(朝井リョウ著)という本を通じて、お父様の声を聴いたということが『創作する遺伝子』に書いてある。

ここを読んで涙が出たが、僕の父も僕ら(家族)に何を言いたかっただろうということを改めて想像してみた。

でも、ヒントになる言葉は生きている頃から聞いていたのである。


父は定年の前の数年、大阪から単身赴任で東京本社で働いていた。

僕は当時大学生で、兄はサラリーマンだったと思う。

月に一回だけ帰ってきていたが、東京に戻るときは月曜日の朝一の新幹線を使っていた。

新大阪駅まで兄と僕とで車で送っていた。

新大阪駅で車を降りるときに父がいつも言っていたことは、「お母さんのこと、頼むぞ」だった。

僕も兄も独身だし、まだまだ頼りない存在だったので、父から母のことを「守る」ように言われたことは意外だったし、変な感じがした。


でも、今の僕ならこの父の言葉はよく分かる。

僕がどこか行くとしたら、息子に「家内と娘」のことを「頼むぞ」と言うと思う(息子にとっては、母と妹)。

だから、25年前、父が最後の言葉を言えたとしたら、たぶん

「お母さんを頼むぞ」

と言ったと思う。



現在、母は大阪府池田市で兄夫婦と一緒に元気に暮らしている。

兄夫婦は、父の遺言をきちんと守ってくれているのだ。

感謝である。



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