タイトル画像

椎名町(しいなまち)での思い出

2015.12.23(20:34) 1555

強調文昨日は冬至でした。我が家のお風呂は、「ゆず湯」でした(笑)。

我が家の「ゆず湯」に入っていて、30年ほど前、上智の大学院に行っていたころを思い出しました。

当時、私は西武池袋線の椎名町駅(しいなまち)から徒歩数分のアパートに住んでいまして、アパートに風呂はなく、銭湯に行ってました。

冬至の日は、銭湯も「ゆず湯」になっていましたね。

アパートから少し離れた銭湯だったのですが、結構気持ちよかったですね。

というのも、金銭的に余裕があったわけではないので、銭湯代を節約するために、なるべく銭湯に行かないようにしていたので、入るときは、とてもいい気分でした(笑)。

銭湯を行かずに、ボックスみたいな狭い部屋のシャワーを浴びたり、家で髪を洗ったりしてました(笑)。

そういえば、ご飯を家で炊いて、おかずに「一圓」(いちえん)という中華料理店のぎょうざを買って来て、ぎょうざをおかずに、ひたすらご飯をお代わりしてお腹を膨らませることもしていました。

それから、今思うと厚かましくて申し訳ないんですけど、家庭教師のアルバイトをしていまして、その家庭教師宅でお風呂を使わせてもらって、食事も提供していただいていました。

今考えると、「ようそんな厚かましいことしてたな」と思うんですけど、必死でお金を浮かそうとしていたのでしょう。


じゃ、そんなに貧乏だったのかというと、そうではなかったのですが、大学院で英語学の研究をしていましたから、専門書を買うのにかなりお金がかかるんですよね。ほとんどが古本の専門書なんですけど、結構な値段がしていたと記憶しています。

今はどうか分かりませんが、当時の上智の図書館は、建物は凄く立派なんですが、英語学や英文学に関係する本はほとんどありませんでした。

だから、古本屋に行って買うか、人に借りるしかなかったんです。

そこで、風呂代や食事代や水道光熱費をなるべくケチって(笑)、本を買って勉強するようにしていました。

二度とやりたくない生活ですが、椎名町は私の思い出の場所でもあります。


-------------------------------------------------------―----
社外の総務部長代理 古賀光昭の公式サイト

従業員が30人規模の社長の皆様へ
古賀光昭が、社外No.2の総務部長として、貴社の経営を全力でサポートします。
ぜひ一緒に仕事をしましょう! 

-------------------------------------------------――――----

いつも応援クリックしていただいて、ありがとうございます。皆様の応援が大きな力です。心から感謝申し上げます!
関連記事

古賀光昭の経営相談室



<<いわゆる従軍慰安婦の決着について思うこと | ホームへ | 日本経済のキーワード「節約と不安」 その2>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://komei777.blog72.fc2.com/tb.php/1555-079a17ea
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)