強調文昨日は冬至でした。我が家のお風呂は、「ゆず湯」でした(笑)。
我が家の「ゆず湯」に入っていて、30年ほど前、上智の大学院に行っていたころを思い出しました。
当時、私は西武池袋線の椎名町駅(しいなまち)から徒歩数分のアパートに住んでいまして、アパートに風呂はなく、銭湯に行ってました。
冬至の日は、銭湯も「ゆず湯」になっていましたね。
アパートから少し離れた銭湯だったのですが、結構気持ちよかったですね。
というのも、金銭的に余裕があったわけではないので、銭湯代を節約するために、なるべく銭湯に行かないようにしていたので、入るときは、とてもいい気分でした(笑)。
銭湯を行かずに、ボックスみたいな狭い部屋のシャワーを浴びたり、家で髪を洗ったりしてました(笑)。
そういえば、ご飯を家で炊いて、おかずに「一圓」(いちえん)という中華料理店のぎょうざを買って来て、ぎょうざをおかずに、ひたすらご飯をお代わりしてお腹を膨らませることもしていました。
それから、今思うと厚かましくて申し訳ないんですけど、家庭教師のアルバイトをしていまして、その家庭教師宅でお風呂を使わせてもらって、食事も提供していただいていました。
今考えると、「ようそんな厚かましいことしてたな」と思うんですけど、必死でお金を浮かそうとしていたのでしょう。
じゃ、そんなに貧乏だったのかというと、そうではなかったのですが、大学院で英語学の研究をしていましたから、専門書を買うのにかなりお金がかかるんですよね。ほとんどが古本の専門書なんですけど、結構な値段がしていたと記憶しています。
今はどうか分かりませんが、当時の上智の図書館は、建物は凄く立派なんですが、英語学や英文学に関係する本はほとんどありませんでした。
だから、古本屋に行って買うか、人に借りるしかなかったんです。
そこで、風呂代や食事代や水道光熱費をなるべくケチって(笑)、本を買って勉強するようにしていました。
二度とやりたくない生活ですが、椎名町は私の思い出の場所でもあります。
我が家の「ゆず湯」に入っていて、30年ほど前、上智の大学院に行っていたころを思い出しました。
当時、私は西武池袋線の椎名町駅(しいなまち)から徒歩数分のアパートに住んでいまして、アパートに風呂はなく、銭湯に行ってました。
冬至の日は、銭湯も「ゆず湯」になっていましたね。
アパートから少し離れた銭湯だったのですが、結構気持ちよかったですね。
というのも、金銭的に余裕があったわけではないので、銭湯代を節約するために、なるべく銭湯に行かないようにしていたので、入るときは、とてもいい気分でした(笑)。
銭湯を行かずに、ボックスみたいな狭い部屋のシャワーを浴びたり、家で髪を洗ったりしてました(笑)。
そういえば、ご飯を家で炊いて、おかずに「一圓」(いちえん)という中華料理店のぎょうざを買って来て、ぎょうざをおかずに、ひたすらご飯をお代わりしてお腹を膨らませることもしていました。
それから、今思うと厚かましくて申し訳ないんですけど、家庭教師のアルバイトをしていまして、その家庭教師宅でお風呂を使わせてもらって、食事も提供していただいていました。
今考えると、「ようそんな厚かましいことしてたな」と思うんですけど、必死でお金を浮かそうとしていたのでしょう。
じゃ、そんなに貧乏だったのかというと、そうではなかったのですが、大学院で英語学の研究をしていましたから、専門書を買うのにかなりお金がかかるんですよね。ほとんどが古本の専門書なんですけど、結構な値段がしていたと記憶しています。
今はどうか分かりませんが、当時の上智の図書館は、建物は凄く立派なんですが、英語学や英文学に関係する本はほとんどありませんでした。
だから、古本屋に行って買うか、人に借りるしかなかったんです。
そこで、風呂代や食事代や水道光熱費をなるべくケチって(笑)、本を買って勉強するようにしていました。
二度とやりたくない生活ですが、椎名町は私の思い出の場所でもあります。