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「春よ、来い」と映画「フィールド・オブ・ドリームス」

2014.02.03(20:21) 1314

先日、松任谷由実さんの「40周年記念ベストアルバム 日本の恋と、ユーミンと。」のことを書きましたが、その中に「春よ、来い」という素晴らしい曲が入っています。私はこの曲を聴くと、亡くなった父を思い出します。

(父については、悲しい話ですけど下記の過去のブログで書かせていただきました)

命あるうちに愛を伝えよう

命あるうちに愛を伝えよう。第二話「奇跡の涙」

なぜ、「春よ、来い」を聴くと思い出すのかなと思って、「春よ、来い」のことを調べてみました。

この曲は、NHKの連続テレビ小説の同名番組の主題歌ですけど、その放送が1994年10月から始まったんです。

実は父が亡くなったのは、1994年4月です。ちょうど桜の咲く春でした。

この番組は、私が「父の死をなかなかうまく受け入れられずにいた」同じ年の秋に放送されていたのですよね。

当時、母が見ていたのを、たまたま土曜日などにタイトルバックの曲として、耳に入っていたんだと思います(私はドラマは見ていません)。

だから、「春よ、来い」を聴くと、父のことが連想されるんだなと思いました。


話が変わりますが、最近、映画「フィールド・オブ・ドリームス」を見たんです。

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昔私の後輩二人がこの映画を見て、涙が止まらなかったと言っていました。

<これ以降はネタバレがあるので、映画を見ていない人は読まない方がいいです>



二人とも若い頃にお父様を亡くされていて、この映画のラストシーンで息子と父親がキャッチボールをするシーンを見ると、感動して泣きましたと言っていたのです。


私も当時「フィールド・オブ・ドリームス」を見たのですが、変に理屈で考えて、何で死んだ人が出てくるんだろうとか、理由を考えてしまって、よく分からなかったんです。(すみません)


でも、今この映画を見ると、「なんで死んだ人がグランドに出てくるの」という理由づけではなく、ストレートに感動しました。

そして、後輩たちと同じで、主人公のレイ(ケビン・コスナー)が亡くなったお父さんとキャッチボールをするシーンは泣けました。

レイは若い頃、父親と口論して家を飛び出し、その後、父親は亡くなったので、会うことができなかったんですね。

だから、レイは父に対し申し訳ない気持ちがあって心に傷を持っていたんだと思います。そして、父親の方も、息子と和解できずに死んでいくことを悔やんでいただろうと思うんですね。


「今の自分だったら、分かりあえるのに。」

若く未熟な頃だから、親と分かり合えなかったこともあるし、結婚し子供を持って親のことが分かってくることもあります。

しかしながら、親のことを分かるようになった時には、レイのように親が亡くなっているということがあるんですよね。私がそうでした。


映画のように、私は父とキャッチボールはできませんが、父がどういう思いで私を育ててくれたかは、自分が父親になって分かった部分があると思っています。

その気持ちを感謝の気持ちと一緒に父に伝えることが大切なことではないかと思っています。
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