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経営はたんなる「サイエンス」ではない

2012.01.23(21:53) 997

2008年9月に起きたリーマン・ショックとそれに続く世界の金融危機について、一橋大学名誉教授、野中郁次郎先生は下記の著書にて次のように述べておられます。

日本企業にいま大切なこと (PHP新書)日本企業にいま大切なこと (PHP新書)
(2011/08/12)
野中郁次郎、遠藤功 他

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「リーマン・ブラザーズの破綻と、それに続く世界的な金融危機は、これまで世界を支配してきたアメリカ型経営モデルの限界を露呈させました。ひとことで言うと、それは「経営はサイエンスである」という考え方に基づいた経営手法です。」

「そこでは、企業経営も物理学と同じく、すべての要素を定量化、対象化して論理的もしくは実証的に分析すれば最善の解を得ることができる、と考えます。」

「しかし、経営は生身の人間がかかわる現象です。」

すべて同じようにやっても二度と同じことが起きないのが、経営というものです。そこには「私たちはどのように生きたいのか」という意志が介在するため、1+1がいつも2になるとはかぎらない、無限の解がありうるのです。」

引用が長くなっていますが、とても大切な言葉なので、続けます。


「サイエンスとしての経営は、そういった人間の意志を排除し、すべてを「モノ」として扱う価値中立的な考え方でした。現実の経営は「モノ」ではなく、人間どうしの相互作用によってつねに動きつづける「コト」ですから、机上の計算どおりにはなりません。本来はその相互作用を見極めながら最適な判断を下すのが経営者の役割なのです。」


私が普段のコンサルティングの中で考えていることを野中郁次郎先生が文章で表してくださいました。

渡部昇一先生が『歴史の読み方』(現在は『日本史の法則』(祥伝社)に改題)という著書に、「科学的歴史学というものは存在しない」と書かれていたのを、18歳頃に私は読んでいたので、「経営も同じだな」とずっと思っておりました。

ただし、経営では論理的、実証的な合理性が求められる場面もありますので、野中先生は「サイエンスとアートを融合させるような考え方が求められる」と述べておられます。


ロバート・B・ライシュ『暴走する資本主義』(東洋経済新報社)の中で
「資本主義の暴走によって「自己の利益」追求に偏ってしまった現状を変えるには、「共同体の善」を求める市民のバランス感覚をいち早く復活させなければならない」と言ってます。

しかし、これはアメリカの話であって、野中先生は「日本企業は最初から、ただたんに自己利益を追い求めるだけでなく、コモングッドの実現に向けて努力する側面ももちあわせていた」と述べておられます。

自社の利益だけではなく、共通善も求めて、その両面のバランスを取って発展してきたのが日本企業なんですね。


アメリカ型のサイエンス経営から脱却し、新しい時代の経営モデルを示すことができるのは、日本企業なのです。

世界を変える若き起業家たちへ



2012年01月23日
  1. 経営はたんなる「サイエンス」ではない(01/23)