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命あるうちに愛を伝えよう 第二話「奇跡の涙」

2009.10.17(00:01) 161

昨日に続き「命あるうちに愛を伝えよう」の第二話です。

兄から父の容体を聞いた私は、朝の4時半に病院に向かいました。

父はICU(集中治療室)から個室へと移されていました。医師の意見としては、脳死状態なので、西洋医学的には死だと。東洋医学では心臓が止まると死なので、病院としては心臓が止まるまで見守るしかないということでした。

病室に入ると人工呼吸器をつけた父がベッドで横になっていました。意識はなく、既に自分では呼吸ができなかったのです。

私は、似合わない親孝行なんかしようと思って食事に誘ったことを後悔していました。そして交通事故にあったのは自分のせいだと、自分を責めていました。。。


夜が明けると、たくさんの親戚や知人が駆けつけてきました。午前中には九州の親戚も皆集まってきました。

父は多くの人に好かれていたので、たくさんの人が交替で病室に泊まり込み、奇跡の回復を願っていました。



そして、人工呼吸器の音だけがする病室に泊まり込む日々が8日ほど経ったとき。

叔母(父の義理の妹)が、「にいちゃん、もうよかよ、もうがんばらんで。今までほんとうにありがとう、ありがとう・・・・」と泣きながら言ったのです。

叔母は、父が脳死状態で意識は無いのですが、みんなが一所懸命に助かるように祈っているから、体は苦しいけど、生きよう生きようとしていると思ったんだと思います。

その時、不思議なことがおこりました。

事故以来、何も反応しなかった父が、すーっときれいな涙を流したのです。

体はもう言葉を聞くことも、反応することもできなかったはずですが、魂というものがあるとするならば、魂が叔母の声を聞き、涙を流したんでしょうね。

その日を境に、心臓が急に弱まり父は亡くなりました。事故から9日後でした。


私はしばらくは、自分の気持ちが整理できませんでした。


兄の子供がまもなく生まれる予定だったので、孫を抱かせてあげたかったという思いがありました。

親孝行をすることができなかったという後悔もありました。

そして、更につらかったことは、さっきまで元気だったのに、突然何の言葉も交わすことができないようになって、そのまま父が亡くなったことでした。


お礼もいいたかったです。「大丈夫だから、安心して」とも伝えたかったです。

でもその機会はありませんでした。


だから、私は好きな人がいる人には、今すぐ「好きだ」というようにアドバイスしています。感謝すべき人がいるなら、今すぐ感謝を行動で表わすべきだと言っています。


失ってからでは遅いのです。

命あるうちに愛を伝えましょう。

以上です。

作者後記 : 前回と今回はヘビーな内容ですみませんでした。この話は人に話したことがないのですが、ブログという形式で初めてお話しをさせていただきました。体験者の思いが伝わり、より良き方向で、この教訓を活かしていただけたら、それに優る幸せはございません。

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2009年10月17日
  1. 命あるうちに愛を伝えよう 第二話「奇跡の涙」(10/17)