今日は”気概”について考えてみましょう。
三国志の諸葛亮(孔明)の生涯を見てみると、気概を持った人だったということが言えると思います。
孔明は劉備玄徳に三顧の礼を持って迎えられました。それまでの孔明は隆中にて晴耕雨読の生活をしていたわけですが、劉備以外にも彼に仕官を御願いした人はきっといたはずです。ところが孔明は仕官しなかった。
「こんな人のもとで働きたくない」、「私は必ず大きなことを成し遂げるのだ」とおそらく考えていたのでしょう。
この当時、孔明には実戦の経験がないわけですから、生意気な考え方ですし、人生や仕事をなめていたとも言えます。
ただ彼には気概があったんですね。プライドがあった。
それは自分が大を成す者であるというプライドであり、大義に生きる者であるという自覚があったと思うのです。
サラリーマンは、上司にうまく使われることが求められます。しかし、一方で、これだけは譲れないという正しい気概を持ちたいと思います。
三国志の諸葛亮(孔明)の生涯を見てみると、気概を持った人だったということが言えると思います。
孔明は劉備玄徳に三顧の礼を持って迎えられました。それまでの孔明は隆中にて晴耕雨読の生活をしていたわけですが、劉備以外にも彼に仕官を御願いした人はきっといたはずです。ところが孔明は仕官しなかった。
「こんな人のもとで働きたくない」、「私は必ず大きなことを成し遂げるのだ」とおそらく考えていたのでしょう。
この当時、孔明には実戦の経験がないわけですから、生意気な考え方ですし、人生や仕事をなめていたとも言えます。
ただ彼には気概があったんですね。プライドがあった。
それは自分が大を成す者であるというプライドであり、大義に生きる者であるという自覚があったと思うのです。
サラリーマンは、上司にうまく使われることが求められます。しかし、一方で、これだけは譲れないという正しい気概を持ちたいと思います。